(男1人:女1人:5千字)
【あらすじ】
冬の足音が聞こえる頃、冷え切った女は日向のような男と出会った。
陽(ひ)の光は雪を溶かし、緑を育むのか。
それとも、未熟な果実を腐らせるのか。
【登場人物】
女:人を殺した少女
男:少女が出会った物腰の柔らかいおじさん
ー本編ー
女:ぽつりと、頬に感じた冷たさに、思わず手をあてる。
女:でも、指先に濡れた感覚はなく、冷え切った指の冷たさに、かえって顔がこわばってしまった。
女:空を見上げてみるが、雨雲は見当たらず、暖かい日差しが差すばかり。
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女:「気のせいかな」
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女:こんな時に雨が降ってきたら、そんなの、出来の悪い映画みたいだ。
女:"雨に打たれる女が一人。
女:手にはナイフを持ち、全身は血まみれ。
女:足元には死体があって、雨に流された血液が小さな川を作る。"
女:……
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女:「ちょっと面白そうじゃん」
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女:出来の悪い映画は、言い過ぎだったかもしれない。
女:きっと、出来損ないは私の方だ。
女:ナイフも死体もないし、雨も降っていない。
女:でも、死んだ人はいる。
女:きっと私が、殺した。
女:……
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女:「私は、どこに行きたいんだろう。
女:何になろうとしてるんだろう」
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ー間ー
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女:気がつくと、私は公園にいた。
女:目的もなく、ただ歩き続けていただけだったから、どうやって辿り着いたのかも覚えていない。
女:これじゃ迷子みたいだ。
女:別に帰るつもりもないんだけれど。
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女:「…あれ」
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女:人気(ひとけ)のない公園かと思っていたけど、そうでもなかった。
女:端っこのベンチに男の人が座っていた。
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女:「なんだろう…」
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女:別に何かおかしなところがあったわけじゃない。
女:地味な私服で、長閑(のどか)な公園の風景を眺めてる、普通のおじさん。
女:でも、そのおじさんの表情がすごく柔らかくて、なんだかおひさまみたいな感じがして、それが少し、気になった。
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女:「なにを、しているの?」
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男:「魚をね、見てるんだ」
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女:「魚?」
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女:おじさんの視線の先を見れば、池があった。
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女:「ここからじゃ見えないよ」
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男:「見えなくても、魚はいるよ。池があるのは魚がいるからだろう」
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女:「そうかな。魚のいない池だってあるんじゃない」
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男:「いるよ。あれが池なら魚はいるはずだ」
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女:「…おじさんは、魚を見たの?」
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男:「いいや、水面をはねたりすれば見えるかもしれないが、どうやらあの池の魚は跳ねないようだ」
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女:「ふうん」
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女:変なおじさんだ。
女:子供だと思って、バカにされているのかと一瞬思ったけれど、おじさんが浮かべる柔和(にゅうわ)な笑みに、からかいなどは一切なくて、本当にそう思っているのだと感じた。
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女:「魚が好きなの?」
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男:「おいしいとは思うけれど、好きというわけではないね」
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女:「じゃあ、なんでそうしているの?」
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女:そう言ってから、少し不思議に思う。
女:公園にいるただのおじさんに、私は何をしているんだろう。
女:これじゃまるで、大人を質問攻めにする子供だ。
女:でもなぜだか、私が何を聞いてもこの人は答えてくれる、そんな気がした。
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男:「空を飛ばないのかなって」
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女:「え?」
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男:「あの魚たちは、空を飛ばないのかなって思ったんだ」
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女:「魚は空を飛ばないでしょ?」
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男:「そうだね。魚は空を飛ばない。
男:でも、水の中にいることに嫌気がさしたりはしないのだろうか。
男:生まれてから死ぬまで、水中で一生を過ごすことに、疑問を感じることはないのだろうか。
男:水面を越えた、向こう側の空に憧れる魚がいたとしたら、もしかしたら空を飛ぶかもしれない」
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女:「でも…、魚には羽がないから、飛んでもすぐに落ちちゃうんじゃないかな」
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男:「…ああうん、そうだね。空を飛ぶなら、羽は必要だ」
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女:そこで初めて、おじさんは私を見た。
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男:「君ならどうする?
男:空を飛びたいのに、飛ぶための羽が君にはない。
男:諦めるのは簡単だろう。空を見上げなければいいのだから。
男:でも、忘れることは多分できないだろう。
男:だって、諦めたところで空が消えたりはしない。
男:地上に君は残されたまま、鳥たちは、自由に大空を羽ばたいている」
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女:おじさんは表情を変えず、淡々と当たり前のことを言っているだけだ。
女:それなのに、私はみんなから置いてかれて、一人ぼっちになったような、そんな寂しさに襲われた。
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男:「私なら」
:
女:孤独感に押しつぶされそうになる私に、おじさんは言った。
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男:「私なら、セミになりたい」
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女:「セミ?」
:
男:「そう、セミだ。
男:彼らは、一生のほとんどを地中で過ごす。
男:生まれた時から土の中で、それ以外の世界を見たことはないはずだ。
男:でも、きっと彼らは空を知っている。
男:空を羽ばたく自らの姿を、夢見ている。
男:だから彼らは、自らの命の終わる間際(まぎわ)、空を追い求めて、羽を持った姿へと自分を変える」
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女:おじさんは、まっすぐな目で私を見ている。
女:まるで私がセミで、土の中にいた頃の殻を脱ぎ捨てて、羽化する様子を眺めているみたいだった。
女:ぶるり、と私は震えた。
女:少し風が出てきたせいだ。
女:だんだん、この優しい顔しか見せないおじさんに、腹が立ってきた。
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女:「おじさんはセミじゃないし、魚は空を飛ばないよ」
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女:そんなふうに言えば、おじさんは怒るか、悲しむかするだろうと思った。
女:そうじゃなくても、少しくらい狼狽(うろた)えるのを期待した。
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男:「そうだね、僕は人間だから、泳ぐことも飛ぶこともできない」
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女:それなのに、返ってきたのは非難じゃなくて肯定で、変わらず優しい口調で、なんだか悲しくなってきて、私は無性に泣きたくなった。
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女:「なら空の事とか羽のこととか、全部無意味じゃん。
女:考えるだけ無駄だよ、そんなこと。
女:できないことなんか、忘れちゃえばいいんだ」
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女:そんなことを言うつもりはなかった。
女:情けない気持ちから、おじさんの目を見れなくなる。
女:なのに溢(あふ)れ出す言葉を止められない。
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女:「ありもしないことを考えるのは、やらなきゃいけないことから逃げてるだけだよ。
女:やりたくないことから逃げて、夢物語を語ったって何にもならないじゃない。
女:そんなの、毎日頑張って生きてる人たちに失礼だと思わないの?」
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男:「そう、誰かに言われたのかい」
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女:その一言で、心が凍った。
女:心臓をナイフで刺されたら、多分こんな感じなんだろう。
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男:「そうやって、誰かに傷つけられたんだね」
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女:「ちがっ…!」
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男:「大丈夫。君は君のままだ」
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女:手が震える。
女:いつの間にか、胸元に寄せた手を握り込んでいた。
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男:「君が、誰に、どのように言われたのだとしても、心がそれに屈しなければ、君は君のままだ。
男:人は自分の意思でしか変わらない。
男:誰かの言葉で変わるほど、人間は柔軟にできてはいない。
男:人が人にできるのは、ただ道を示すことだけだ」
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女:震える手を、暖かい何かが覆っている。
女:それはおじさんの手だった。
女:私より少し大きくて、でも思ったよりも薄い、暖かい手。
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男:「動物と違って、人間は言葉で暴力を振るう。
男:それは人間が爪や牙を捨てた代わりに手に入れた、知性という名の武器だ。
男:他人と繋がるための道具だ。
男:一人では実現できない事を、夢みたいな理想を、たくさんの人の力を束ねて叶えようとする。
男:その力を繋ぎ合わせるために、人は言葉を手に入れた」
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女:おじさんが言っていることの意味は、私にはよく分からなかった。
女:でも、おじさんの手は暖かくて、柔らかくて、固く握っていた拳の力が緩んでいく。
女:解(ほど)けた指を繋ぎ止めるように、おじさんの指が私の手を握る。
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男:「大事なのは心だ。
男:心が望むから人は夢を見る。
男:だから、心がある限り、君はどこにだって行けるし、何にだってなれる」
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女:「私、そんなふうに強くなれないよ…」
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女:私の弱気な言葉に、おじさんはぽっかりと言う。
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男:「君は変わろうとしている。今とは違う自分へと」
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女:日差しが私を照らす。
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男:「変わる、というのはどんな感じか、考えたことはあるかい?」
:
女:「…ない、と思う」
:
男:「本当のところ、私にもわからない。
男:昆虫のさなぎのように、まったく違う存在に生まれ変わるのか。
男:それとも、池の水が上流に押し流されていくように、入れ替わっていくのか。
男:だが昆虫にしろ池にしろ、自分が変わったとは、きっと思わないんだろう。
男:後から振り返って初めて、かつての自分と違うことに気付くんだ。
男:だが、変わり始めるきっかけはいつだって、そうなりたいという気持ちからなんだ」
:
女:そう言って、おじさんはそっと私の手を離した。
女:いつの間にか震えは止まっていた。
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男:「もしかしたら、自分を変えるというのは、自分を殺すという事なのかもしれない。
男:それが過去の自分なのか、幾つもある未来の可能性なのか。
男:あるいは、生きる事そのものが、誰かの何かを殺すことで、成り立っているのかもしれない」
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女:「そんな…」
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男:「人は気づいていないだけで、誰もが誰かを殺して生きている。
男:生きるというのは、誰かを、何かを殺すことなのだから。
男:でも、人は弱いから。
男:自分がそんな悪い人間であるということに耐えられない。
男:だから皆、自分が人殺しであるということに、気づかないようにして生きている」
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女:「そんな、こと…」
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男:「元から強い人間なんていない。
男:そもそも、強い人間なんてどこにもいないのかもしれない。
男:みんな弱くて、誰かを虐(しいた)げながら、弱いまま少し強くなる」
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女:人気のない公園に、おじさんの声だけが響いてる。
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男:「変わる、とは、そういう事なのかもしれない。
男:強い意志、生きる力を持つ事。
男:それがなくなった時、人は生きる意味を失って、きっと死んでしまう」
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女:「おじさんは…」
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女:次の言葉が、すぐには出てこなかった。
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男:「私が、どうかしたかな」
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女:何かを聞きたかったわけではない。
女:何でもいい、とにかく声を掛けなくちゃ、と思ったのだ。
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女:「…おじさんは、どうなの?
女:変わりたいって思ったの?」
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男:「人を」
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女:「え?」
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男:「人を殺そうと思ったんだ」
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女:そうおじさんが言った途端、おじさん以外の音が消えた気がした。
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男:「今までそんなこと考えたこともなかったのに、してはいけない事だとわかっているのに、それでも、人を殺そうと、そう思ったんだ」
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女:おじさんの表情は変わらない。変わらず、笑っている。
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男:「理由はある。動機があって、目的のための手段も考えた。
男:きっと殺意もそこにはあるんだろう。
男:だが、自分では何かが変わったような気がまるでしないんだ。
男:今までと同じように生きてきたはずなのに、同じように感じ、考えた結果、その結論に至った。
男:それが、不思議な気がしてね」
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女:この時私が言うべき言葉は、いったい何が正解だったのだろう。
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女:「いいんじゃない」
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男:「……」
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女:「殺しても、いいんじゃない。
女:言ってたじゃん。人は誰かの何かを殺して生きてるって。
女:ならおじさんが、これから誰を殺すかは知らないけど、今まで通りじゃない」
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男:「…そうだね」
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女:「どんな理由があるのか、私にはわからないけど、おじさんが決めたことなら、いいとおもう」
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男:「…そう、だね」
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女:「そうだよ」
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男:「君は…
男:いや、よそう。
男:そういうものと割り切ってしまえば、ただ、それだけの話なのだから」
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女:「…?
女:どういうこと?」
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男:「冗談だよ。私が話したことはすべて冗談だったんだ。
男:さあ、日も傾いてきた。僕はもう行くよ」
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女:「え」
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男:「私と出会ったことも、話したこともすべて忘れるといいよ。
男:君には君の羽がもうあるようだからね」
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女:そう言い残すと、おじさんはふらりとどこかへ行ってしまった。
女:おじさんがいなくなった後も、公園は静かなまま、日差しの気配がゆっくりと消えていく。
女:私はその暖かさが名残惜しくて、おじさんのいたベンチに座った。
女:遠くでサイレンの音が聞こえた。
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女:考えてみる。
女:あのサイレンは、きっとおじさんが誰かを殺したんだろう、と。
女:じゃあ、人殺しを見逃した私も、きっと共犯だ。
女:誰もが誰かを傷つけて、傷ついて、そのことに気付かないようにして生きている。
女:不意に、空を見上げる。
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女:「あ」
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女:ぽつりと、頬に冷たさを感じて、思わず手をあてた。
:
ー了ー
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